ソーラーカーの特性をパソコンで計測する

ラフィングサンレーシング 猪俣 弘志/櫻田 一郎


 ソーラーカーの開発、運用も、F1に代表される車と基本的には変わりありませんが、我々プライベーター(メーカー系以外の個人的趣味による)チームでは、特に予算的な問題から、そのすべてを行う事ができません。

 しかし、近年プライベーターにあっても、コンピュータ(パソコン)の使用無くしては、満足に走行させる事が困難な状況にあります。筆者のチームを例に、コンピュータ応用の全体概要と計測処理関係をご紹介します。

(注・本稿の内容は1995年時のデータです)


               

1. ソーラーカーの概要とコンピュータ

2. 計測構成の概要
3. 車載コンピュータによるデータ入力と処理
4. パソコンによる表示と解析
5. 最後に


1. ソーラーカーの概要とコンピュータ
 ソーラーカーの基本は、ソーラーパネルによる発電電力でモーターを回転させ走行するのですが、実際、これだけでは安定な走行が望めません。例えば、一時的にソーラーパネルが影の部分に入った途端に停止してしまいます。極めて短い時間ですと、惰性で影の部分を通過できるかもしれません。しかし、制御用回路等の電源は、惰性で動作というわけにはいきません。
 また逆に、走行に必要な電力以上にソーラーパネルが発電している場合、余剰な電力は無駄な発電となります。これらの問題を考慮し、ソーラーパネルの余剰電力を貯えたり、ソーラーパネルの電力不足を補うためにバッテリを使用します。電気的には、このソーラーパネル、バッテリ、モーターの3要素が重要となります。

 基本は以上なのですが、一般的にはあまり馴染みの無い要素も存在します。代表的な例として、回生ブレーキがあります。回生ブレーキとは、モーターに電力を供給せずに、外からの力で回転させると、モーターが発電機になる事を利用しています。この時、回転エネルギーは電気エネルギーに変換され、この電気エネルギーをバッテリーで吸収、蓄えます。これが外からの回転させる力に対して負荷となり、結果的にブレーキと なるわけです。
 このモーター回生電力は、短時間ですが意外に大きな電力を発生します。 ソーラーカーのブレーキは、この回生ブレーキとディスクブレーキ等の一般的なブレーキ構造の二本立てが主ブレーキとなります(レース等に出場する場合、レギュレーションでこの他にパーキングブレーキが必要)。

 また、普段身の回りにある機器ではあまりお目に掛からない、DC100V前後、数10A程度の電力を扱うために、特別な配慮を要します。因みに、最高速度も140Km/h程度までは出ますので、車両の軽量化と強化のバランス等、電気的な点以外の考慮対象もたくさん存在します。
 これらの事から、ソーラーパネルによる発電、バッテリによる充電と放電、モーターによる消費と発電が状況に応じて、緩やかに、断続的に、かつ、組み合わせ条件が切り替わりと複雑に変化します。現状に於いて、基本となるソーラパネルの発電電力は、一般の走行を可能とするには小さすぎます。そこで、より安定に効率良く走行させる必要が生じます。

  当チームとしては、ソーラーカーの開発と共にソーラーカーを含む電気自動車の開発から実用までの基礎データを取得するのも目的としております。このため、ソーラーカーにおけるコンピュータの使用は、大別して2種類に分類できます。
 一つは通常の自動車のように、走行、待機中の各部の制御と保守で、もう一つは確実に性能を高めるために必要なデータの収集と解析です。
 コンピュータによる制御と保守は特に走行中のドライバーの負担を著しく減少させるのに有効です。データの収集と解析は特に重要で、コンピュータによる制御を行うにも、基本的なデータ無しでは成り立ちません。また、開発中の各部の構成、構造の選択、レース中の運営等もデータ無しでは、非常に非効率となります。このため、できる限りコンピュータを応用したシステムを構築することを目的としています。

 

 

 

 

 

2. 計測構成の概要
ソーラーカー本体には、ワンチップマイコンを2個搭載し、制御、保守、データ収集に使用しています。2個搭載の理由は絶対的なものでは無く、単に制御、収集対象が車両の前半部と後半部に分離された形で集中しているので、2個に各々前半部と後半部を受け持たせ、配線の繁雑さをさけ、耐ノイズ性能を上げる等の信頼性を考慮した結果です。

 2個のマイコン間はシリアル通信により結合されています。
 車載マイコンの代表的な入力を以下に示します。

 (1) アクセル量、ブレーキ量、バックスィッチ
 (2) ウィンカースィッチ
 (3) ソーラーパネル発電電圧、電流
 (4) バッテリー電圧
 (5) モーター消費、発電電流
 (6) モーター回転数
 (7) 各車輪回転数
 (8) ソーラーパネル、バッテリー、モーター温度

 これらの入力を元に本体制御として、モーター制御、LCDパネル表示、異常警告、保護制御等を行います。本体制御で一番重要なのがバッテリ残量計算です。基本的なバッテリ残量の算出は、バッテリの基準容量に対し、充電要素と放電要素の加減算で行います。
 充電要素としては、ソーラーパネル発電電流、モーター回生電流があり、主な放電要素としては、モーター消費電流があります。実際の計算にあっては、充電効率等の各種パラメータが存在するために、実用範囲に至るには、かなりの考慮を要します。また、これらの入力は後処理を考慮したデータ形式に変換され、RS-232C出力、テレメータ送信、ICカードによるデータ保存に使用されます。

   RS-232C出力は主にベンチでの検査等の場合に使用します。テレメータは一定時間毎に全データを送信し、受信側では復調後 、RS-232Cでパソコンに取り込み、表示しています。現状ではハードウェア軽減のため、FM直接変調で送信していますが、一般的にはAF変復調で容易に実現できます。ICカードによるデータ保存には、2種類の方法を使い分けています。一つは一定時間毎の保存ですが、テレメータによる間隔より短い間隔で収集したい場合、テレメータが届かない場合のデータ収集に利用します。もう一つはサーキットなど一定走行距離毎の保存で、結果的に場所の特定が容易なため、主にデータの解析が必要な場合に利用します。
 実際の一定走行距離は、車輪1回転を基準に任意の回転毎に設定可能としてあります。保存されたICカードのデータはパソコンのICカードI/Fで読み取り、保存し、パソコン上の表示、解析プログラムで利用します。

 

 

3. 車載コンピュータによるデータ入力と処理
 車載コンピュータのデータ入力には、ディジタル入力とアナログ入力がありますが、この内ディジタル入力に関しては、比較的問題がありません。しかし、アナログ入力は、かなりノイズが問題となります。この問題を解決するために、特にグランド系の構成、分離等を十分に考慮しなければなりません。
また、計測面からは関係ありませんが、異常時における機器、回路のフェイルセーフも考慮しなければなりません。

 当チームも過去に電流センサーの一時ショートから、一瞬、回路にDC100V以上の電圧が印加されてダウンし、鈴鹿サーキットの1コーナーでクラッシュさせた経験があります。
 このような事を踏まえ、必要に応じてアイソレータ、V/Fコンバータ等を使用し、安全で安定な入力回路を考慮します。入力回路の保護の観点からも、各入力の積分器は必須です。

 また、ノイズに対しては、電気回路上の対応以外にも幾つかの対応を必要とします。最近のソーラーカーの車体は、強度、重量等からカーボンを使用する場合がほとんどです。このカーボンという材料は十分な導電性を示します。このため、一般の自動車同様にボディーアースと考えるところですが、これはノイズに対しては不適当です。
 逆にカーボンの車体がアンテナとなり、車両内のノイズを拾い、グランドが不安定となります。また、通常の機器と比較して、その面積が圧倒的に広いため、距離差による影響を無視できません。車両内のノイズ発生源についてですが、一般的にDCブラシレスモーターをDC100V前後で使用する場合が多く、このためにモータードライバ回路では、FET等により各相の切り替えが行われます。FETのスィチング速度と電圧を考えると、dV/dtから、通常のノイズレベルを越えるノイズが発生する事は、容易に想像できます。勿論スナバ等の対処がなされていますが、それなりのノイズ対策が必要です。

 また、一般機器よりかなりダイナミックな動作をするために、スタティック状態でのノイズ対策では不十分です。つまり、停止時、ベンチによる定走行時等におけるノイズよりも、実走行時におけるノイズは変化にとんでおり、この対策のためにもデータ収集が不可欠となります。
 マイコンのA/D変換で入力されたアナログ値は、必要に応じて前処理を行います。まず、ノイズ等が問題となる入力は、移動平均法等でノイズ成分を軽減します。その後、各入力から、バッテリ残量等の必要なパラメータを算出し、コックピットの計器表示、モーター制御などに使用されます。
 また、これらのデータは、後処理が効率良く行われ、かつ、保存データ量が少なくなるようにデータ変換を行い、RS-232C出力、テレメータ送信、ICカード保存がなされます。

 右に現状の1データ分の例を示します。Bはバイト長、Wはワード長で、基本的にバイナリデータです。

 

 

 

 

●1データの内容
(1) W 0.1秒単位経過時間
(2) B アクセル量(0〜255)
(3) B ブレーキ量(0〜255)
(4) B 室内温度(0〜63.75℃:0.25℃単位)
(5) B ソーラ発電電圧(0〜255V:1V)
(6) B バッテリ電圧(0〜255V:1V)
(7) B ソーラ発電電流(0〜25.5A:0.1A)
(8) B モータ消費発電電流(-90〜165A:1A)
(9) B モータ温度(0〜127.5℃:0.5℃)
(10) B バッテリ温度(0〜127.5℃:0.5℃)
(11) B ソーラーパネル温度(0〜127.5℃:0.5℃)
(12) W 車両速度(0.1Km/h単位)
(13) W バッテリ残量率(0.1%単位)
(14) W モータ回転数(1rpm単位)
(15) B モータドライバ設定アクセル量
(16) B モータドライバ設定ブレーキ量
(17) W 右前輪回転周期(26μ秒単位)
(18) W 左前輪回転周期(26μ秒単位)
(19) W 右後輪回転周期(26μ秒単位)
(20) W 左後輪回転周期(26μ秒単位)



4. パソコンによる表示と解析
テレメータによる表示(写真・右下のモニター)は、受信機を経由したRS-232Cからの取得データに対して、対応項目名を表示し、データは、ほぼそのまま10進表示で使用しています。電波法上の制限から、有効範囲がかなり限定されるため、通常のデータ解析用には不適で、ほとんどレース中の運用データ、異常検出に使用しています。

 ICカードによるデータは、通常、車輪1回転毎で採取し、パソコンでは、これに対応した表示、解析プログラムを作成し、使用しています。
2MバイトのS-RAMカードを使用した場合は、平均速度60Km/hで約1時間程度の連続データ収集が可能です。この表示、解析プログラムはPC-98上で動作し、基本的にグラフィック画面でグラフ表示、キャラクタ画面でマルチウィンドを構成し、入力データの一覧、任意区間の最大値、最小値、平均値等を表示しています。
解析用には、グラフィック表示による相関表示を使用しています。自己相関は、特に周回コースでの運転方法による影響を調べるのに役立ちます。また、相互相関はある条件における、各パラメータ(データ)の影響の程度を調べるのに役立ちます。
 グラフ表示では、画面の解像度の関係で、すべてのデータを一度に表示することができません。そこで、水平(距離軸)方向に関しては、拡大、縮小、左右スクロールで対処しています。垂直(項目)方向に関しては、表示項目数、表示項目順序、上下スクロールで対処しています。
 また、取得データ以外に固定的にコースエレベーション(コースの相対高度)を表示しています。コースデータに対する距離のオフセットを設定可能としていますので、調整により取得データの実位置と一致させる事が可能です。

 取得データには特に原点等のマークをしていませんが、ほとんどの周回コースの場合、取得データの位置合せは可能です。
例えば、鈴鹿サーキットの場合は、ブリッジをくぐる時にソーラーパネル発電電圧、電流がほぼ0となります。取得データのこの位置に、コースデータのブリッジ下の位置が一致するように、コースデータのオフセットを調整します。

 また、取得データの距離間隔も設定可能となっていますので、距離軸の相対値をほぼ正確に設定可能です。理想的にはデータ取得時の設定車輪回転数に対する距離を設定しますが、路面に対するタイヤの滑り係数が存在するため、本来の値よりやや小さな値となります。逆にここで合せ込んだ値と本来の値から、大体の滑り係数が判明します。
 以前の車体に自転車用のタイヤを使用した場合の滑り係数として、ドライコンディションで約3%、レインコンディションで約9%という結果でした。
 現在の車体に専用タイヤを使用した場合、ドライコンディションの50Km/h以下では、1%以下(ほとんど計測不能)という結果となっています。これは単純にタイヤ性能の差というだけではなく、駆動方法、サスペンション構造の違い等、総合的な対処の結果、このような差となって表れています。

 グラフデータの画面1ピクセルに対する表示方法は、そのピクセルに対応した(含まれる)複数データの処理方法により、次の3種類の表示方法をとっています。

 (1) 最初のデータのみ表示。
 (2) 平均値を表示
 (3) 最大値と最小値を表示

 (1)は高速表示となりますが、概要表示のため、特定位置検索等に有効です。(2)は長い区間の傾向を調べるときに、(3)は瞬間の変動を検索するときに有効です。
 前出のコースデータのオフセット調整の例の場合等は、1周以上の区間を表示させ、(3)の表示方法を選択すると、ソーラーパネル発電電圧か発電電流の項目で、極めて短いディップ点を簡単に発見できます。

 任意区間の最大値、最小値、平均値表示は、特定条件におけるデータを取得、作成するのに有効です。基本的には取得データ内の該当する条件の区間を検索し、その区間の必要なデータ項目の平均値等を取得していきます。
例として、速度に対する消費電力の関係を作成する場合は、周回コースの同一区間で、車両速度とモーター消費電流の平均値をグラフにプロットし、これを繰り返す事により、最終的にはグラフが完成します。

 もっとも、これは大雑把な傾向をグラフ化する場合で、より正確には、消費電力はソーラーパネル発電電力、バッテリ充放電電力、モーター消費発電電力から計算しなければいけません。これでも風の影響、走行位置の相違等の考慮がなされていませんので、正確とはいえませんが、実用上は十分に役立ちます。特に、ここで作成されたグラフは、駆動系のロス、空力特性等を含んだ値ですので、モーター単体の効率カーブから導かれた特性と必ずしも一致しません。

 このように、種々の関係を導きだし、その結果をフィードバックする事で、車体が徐々に完成されていきます。今回は都合により具体的には触れられませんが、以下にこのような割と基本的で有効なデータの関係を示します。

 (1) 一定走行におけるアクセル変動と消費電力
 (2) ソーラーパネル温度と発電電力
 (3) モーター温度とモーター消費電力(効率)
 (4) バッテリ温度とバッテリ実容量

 




↑ラック右下のモニターがテレメータの表示。

5. 最後に
 今回は限られた範囲で、パソコン(マイコン)での計測を中心に記述したために、必ずしもソーラーカーにおける重要な要素が記述されているわけではありません。例えば、本文で触れられず、現実に重要な要素として、センサーの選択と取り付け方法の問題があります。これも本文ノイズ対策と同様に、ダイナミックな状態を考慮しなければなりません。

 総合的に言える事ですが、クローズドなパソコン上での話しを除けば、一般的なパソコンを使える程度では話しになりません。このソーラーカーのように、ある一定以上の分野が合体して、一つの結果を出す場合、総合的な知識が要求されます。(もっとも、模型工作のノリで作成しても、動くことは動きますが)以上から、システマティックな発想(総合的な知識と整理)、ダイナミックな(特に時間軸での)状態考慮の2点が特に重要なポイントとなります。

 



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